5月18日、2017年、シアトル国際映画祭が始まった。この映画祭に伴いワシントン大学のジャパンスタディーズプログラムが三菱商事レクチャーシリーズとして、『誰も知らない』や『そして父になる』で知られる是枝裕和監督を招き、同大学のケーン・ホールにてティーチインイベントが開かれた。

イベントに先立ち行ったインタビューにて、今回初訪問だというシアトルは、姉妹都市である神戸と 似た洗練された港町だとの印象を持ったと語り、「戦略的に考えているわけではない」と笑いながらも「新しい街や映画祭に招待された時はなるべく受けるようにしている」という言葉の中に、貪欲に新しいものに触れ続けようとする監督の一端を見ることができた。
また昨年アカデミー作品賞を受賞した『ムーンライト』に関して、「あのような地味な作品が受け入れられるのはアメリカの懐の深さだと思う」としながら、昨今の多様性の議論の中で自らもアカデミー脚本賞の 投票権を持ったものの、選考用に大量に送られてきたDVDには字幕が付いていなかったという経験に触れ、多様性の考え方が大切であることには同意するが、「英語圏以外の人間に対して門戸を開いたのであれば、そこに対するケアがあるべきだ」と改善点を指摘されていた。

自身のスタイルに関しては、「大衆性の中に作家性を埋没させる」ことの魅力に気づいて以降、 様々な手法を試すように心がけているという。その意識は、『スタンド・バイ・ミー』や『クレイマー・クレイマー』といった、いわゆるアメリカのメジャーな映画が持つ効率的な物語の語り方を一つの指標としつつ 、『海街Diary』では直線的な物語からこぼれてしまう要素を取り上げつつ語るという手法を試みるなど、映画監督としての地位を確立した今でも、自らの 作品の中で模索を続けていることに現れている。

イベントでは日本文学のダヴィンダー・ボウミック(Davinder Bhowmik)教授からの「なぜ作品に鈴が何度も登場するのか」という 質問を受け、「音を想起させるものを映像に取り込むことを意識しているが、鈴に関してはあまり意識せずに使っているのでより深い心理に関わっているのかもしれない」と答え、それに続く教授からの数々の鋭い質問に「まるで心理カウンセリングを受けているようだ」と苦笑いし、会場の笑いを誘った。また、学生からの「なぜカメラをあまり動かさないのか」という質問に対しては、「1シーンを撮る正解のカメラ位置というのは1つしか存在しないと考えているので、その構図を崩さないように芝居を捉えるにはどうしてもカメラの動きが少なくなる」と答え、作家としての顔を覗かせた。

是枝監督は、帰国後次回作『三度目の殺人』の仕上げに取り掛かるという。今回はサスペンスというジャンルを如何なる手法で仕上げているのか、公開が待たれる。