映画『海のふた』は、都会を離れ生まれ故郷でかき氷のお店を開いて、新しい人生を踏み出そうとする主人公・まりと顔に火傷の痕が残り心に傷を抱えている“はじめちゃん”のひと夏の友情を描いた作品です。
原作は、よしもとばななの世界観の集大成といわれファンの間でも人気の同名小説。物語の鍵となる、かき氷を監修するのは「真冬でも行列ができるかき氷屋」で話題の名店、埜庵の店主・石附浩太郎氏。近年、テレビや雑誌でも特集が組まれ本格的なブームの兆しがみられるかき氷。そのかき氷専門店のパイオニアである埜庵・石附さんが映画の中で見つけた理想のかき氷屋とは? 

「僕が最初にこの小説の事を知ったのは、鎌倉から今の鵠沼にお店を移転した2005年の事。早速、駅前にあった小さな本屋さんに駆け込んで、取り寄せしていただきました。「海のふた」の小説が新聞に連載されたのが2003年の秋。埜庵のオープンも同じ年の3月なので、勝手に同じ時間を刻んでいると思っています。」と原作小説との邂逅を語る石附さん。「当時は今ほどお客さんもいなくて、特に夏が終わると、本当に寂しい店だったので、やっと届いた本を一気に読む事が出来ました。それ以来何回読み返したことか。当時は、いまよりも大変な状況で、困った時に相談しようにも、そもそもかき氷屋などという職業自体がないので、悩んだ時の相談相手もいない。「海のふた」はそんな僕の相手をずっとしてくれました。自分がその時置かれている状況によって、物語の感じ方が変わってくる。主人公のまりと僕とでは姿かたちはまったく似つきませんが、確実に共通する、通じ合えるものがありました。」と親友であり相棒でもある存在の「海のふた」へ想いを語る。

映画の中でまりを演じた菊池さんに関しては、「最初にかき氷の練習のためにお店に来ていただいたときは、普通の女の子が初めて削った時のように、『わぁ〜』みたいな感じでした。何杯か削り込んでいくうちに、だんだん彼女の顔が変わっていくのを僕は見逃しませんでした。自分の知らない世界に対しての好奇心があって、未知の事を“そのままにしておけない人”というのが第一印象でした。次にお会いしたのは撮影の現場でしたが、持ち込んだ削り機をちょっといじったとき、もう“かき氷屋の女主人”の風格が出ていて、機械との一体感というか、もう一つの風景になっていて、びっくりしました。イメージトレーニングというか、菊池さんなりの表現の形が出来上がっていたように思います。この人、本当にかき氷屋になったら嫌だなと思ってしまいました。少なくとも僕のお店の近くには来ないでほしい(笑)」と太鼓判を押す。監修という立場で気を付けたことは「上手く削りすぎない。」ことだと言う。「当然、初めてお店を開く女の子が、はじめから上手に削れるはずはないので、ちょっと下手に作らなくてはいけない。でも、いつもより形を崩して削るのって案外難しい。なんだかんだと悪戦苦闘しながら、納得いくような形に収めたつもりでしたが、仕上がりをみると、それなりになってしまっている。やはり、知らないうちに上手に見せたいと思うのか…。煩悩というか、若いな、と反省しました(笑)」と語る。

劇中でかき氷屋の矜持が垣間見えるシーン。「普通のかき氷ないのかね、氷イチゴとか。」と聞かれて、「すみません。そういうのはうちにはないんです。」笑顔をつくる…
自分の本当にいいと思うものでもてなしたい気持ちは強いが、世の中のニーズや目先の売り上げも無視できないという、世間との折り合いのつけれなさ・好きなことで生きていくことへの覚悟ともどかしさが表れている。

「今はかき氷もちょっとしたブームのようですが、実際にまりの店のようなところはあまりない。出来上がった映画を見ると、ここが本当は僕が目指しているようなお店なのだと思います。たくさんの方に見ていただいて、見た方に、もっともっとかき氷の魅力が伝わればな、と思います。」と石附さんが語る 映画『海のふた』は7月18日からの公開となる。ぜひ、劇場で味わってみてほしい。

■海のふた
http://uminofuta.com/

■埜庵
http://kohori-noan.com/

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執筆者

Yasuhiro TogawaYasuhiro Togawa