2010年オースチン・ファンタスティック・フェスにて、最優秀ホラー映画賞&最優秀ホラー監督賞をダブル受賞した衝撃作『スペイン一家監禁事件』がいよいよ今週末(7/2)よりシアターN渋谷にて公開されます。公開に先立ち、作家の深町秋生 先生(第3回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞)よりコメントを頂きました。

このすばらしき世界の極悪

 久々に極悪な映画を見た。
「ショッキング」「残酷」といった、ホラー映画のおなじみな宣伝文句では追いつかない異様な禍々しさが、この作品には渦巻いていた。ストーリーはもちろんだが、観客の心臓を殴りつけるような極悪な演出も、たっぷり用意されている。
日常レベルの不協和音を思い切りぶち破り、目出し帽の屈強な強盗団が侵入してくるが、これがハリウッド流のエンターテインメントなら、家族が一致団結し、機転を利かせて、強盗を撃退させていくだろう。しかし、この映画は違う。一家は後先考えない脊髄反射な抵抗を試みては、強盗たちの怒りを次々に買い続ける。その行動は愚かでもどかしいが、息苦しい緊張感を生み出すことに成功している。
こうした押し込み強盗は、ここ日本においても充分にリアリティを感じさせる。最近なら今年1月に、いわき市の借金男が、はるばる東京目黒区の老夫婦宅を「高級住宅街で、たまたま目についたから」と襲撃。夫を玄関先で馬乗りになって刺殺し、世間を騒然とさせている。
また、2009年の「板橋資産家夫婦放火殺人事件」のように、現在も未解決のまま事件もあれば、2001年の「マブチモーター社長宅殺人放火事件」のように、犯人逮捕まで2年以上の時間を要し、その間も味をしめた犯人が、強盗殺人に勤しんでいた例もある。
そこにはゾンビや吸血鬼といった、様式美やロマンが入る余地はない。むきだしの暴力による、理不尽かつ直球の恐怖がつまっている。ジャック・ケッチャムの小説や、平山夢明の実話怪談を思い起こさせる。かつての『新潮45』の殺人事件記事を読んでいるような、殺伐としたリアル感だ。
本作品は極悪な地獄を見事に描ききった。できれば目にしたくはない、なかったことにしておきたい、されどごく身近で、誰にでも起きうる地獄。見る者の心に、ざくざくとぶしつけに切り込んでくるトラウマな一本だった。

深町秋生(作家)

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執筆者

Yasuhiro Togawa