もうひとつの戦後の記録
なぜ 彼らは 日本に還らなかったのか?

六十余年後に届いた、「未帰還兵」の遺言——。
 かつて、地獄の戦場がアジアにあった。太平洋戦争中、約19万の日本の将兵が、その尊い命を失ったビルマ——。
 『花と兵隊』は、タイ・ビルマ国境付近で敗戦を迎えた後、祖国に還らなかった6名の日本兵、すなわち「未帰還兵」を描いたドキュメンタリー映画である。敗戦から60余年を隔て、戦争の記憶が薄れつつあるいま、90歳を前後する彼らを撮影当時20代だった松林要樹がとらえた。

 かつて、名匠・市川崑監督の『ビルマの竪琴』(1956年)は、地獄のビルマ戦線を情感豊かに描き、ヴェネチア国際映画祭で受賞、85年にリメイクされるなど、多くの共感をもって支持された。また、70年代初頭に今村昌平監督がテレビドキュメンタリーとして手掛けた「未帰還兵」シリーズは、目覚ましい経済発展を続ける日本に抱く未帰還兵たちの思いに迫った。しかし、なぜ『ビルマの竪琴』の主人公・水島上等兵は僧侶となり戦地に留まったのか? そして、高齢を迎えた未帰還兵たちは、いま何を思うのか? 松林要樹は、2005年から3年に渡る当事者たちへの長期取材で、その謎に挑んだ。もうひとつの戦後史ともいうべき彼らの暮らしを見つめ、ときには彼らと生活をともにしながら、新たな証言を記録した。それは、ある未帰還兵の現代日本への遺言となった。製作中、2名が鬼籍に入ったからだ。

土地に根を張り、花を咲かせた彼ら。
生きるとは? 家族とは?
そして、戦争とは何か?
 敗戦後、自らの意思で所属部隊を離れ、現地に残った日本兵たち。彼らは、軍隊で培った技術を活かし、土地に根付いた。あるものは医療技術を、またあるものは農業用のポンプ施設を土地に残すなど、戦後の復興に貢献した。そして彼らは、新しい家族を築いた。とりわけ妻たちの存在が異郷の地に生きる彼らを支えた。家々には、新婚当時の彼女たちの可憐な写真が飾られている。夫婦がそろって当時を物語るときの表情や何気ない目配せが、その営みの確かさを物語る。いまでも彼らは、子や孫たちと、餅をつき、蕎麦を食べ、祖国を懐かしんでいる。
 しかし、そんな望郷の想いを引き裂くように、やがて質素な部屋の一角で、壮絶な戦争の記憶が語られはじめる——なぜ彼らは日本に還らなかったのか?
 南国の激しい雨の間隙、晴れやかな日差しの中で、穏やかに老後を迎える元兵士たちの平和な日常に、漆黒の時代の闇が潜んでいる。

2009年7月下旬、シアター・イメージフォーラムにてロードショーほか全国順次

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執筆者

Yasuhiro Togawa