現在、第二次世界大戦後ドイツで民主主義を叫び、20世紀の「芸術」を変えた伝説のアーティスト、ヨーゼフ・ボイスのドキュメンタリー映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』がアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国の劇場で公開中です。

アップリンク吉祥寺では本作の公開記念としてボイスの唱えた「社会彫刻」という言葉をテーマに掲げたにリレー展示「現代の社会彫刻」展を開催中です。大盛況に終わった第二弾カナイフユキ個展「ドミナントストーリー -わたしは男の子-」に続き、第三弾は移民問題や同性婚など社会的な課題を組み込んだ作品などを制作する美術家の磯村暖さんによる個展「Hell on Earth」を4月10日(水)より開催します。

磯村さんは先日開催されたトークイベントで本作について「僕は、この映画をみんなに観てほしいと思っています。当時のドイツに民主主義がなくて人間に自由がないという話が出てきますが、今の日本でそういう風に感じる事が多いので、皆でボイスの事を話したい」と語っていただいています。

◆ギャラリー情報

現代の社会彫刻 vol.3
磯村暖「Hell on Earth」
映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』公開記念企画
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【開催期間】2019年4月10日(水)~2019年4月24日(水)
【会場】アップリンク吉祥寺 ギャラリースペース
【入場料】無料
https://joji.uplink.co.jp/gallery/2019/2115
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「Hell on Earth」について(磯村暖)

この度の展示に際してUPLINK吉祥寺様より「現代の社会彫刻」というテーマを受けましたが今回は社会彫刻の概念よりも手前に立ち戻って、所謂 “アーティスト”ではない人達が作るフォークアートの文脈をタイで発生した近代仏教表現である地獄を表すセメント彫刻から考え、現代までの飛躍を試みたいと思います。

<製作背景>
タイの近代美術史に残るアーティストの多くはイタリア生まれのシン・ピーラシーが1933年に創設したプラニート美術学校(現・シラパコーン大学)から輩出されている。シン・ピーラシーとその門下生たちによりタイの伝統的な美術の様式が確立され、また西洋的な技術を取り入れてのタイ美術の更新が行われていた。ここまでの話は日本の近代美術史の黎明に重なるところがある。日本で現代美術を学んできた私が日本とタイで大きく差があると感じたのは明治維新や廃仏毀釈などの影響から宗教美術が更新されてこなかった日本に比べ、タイでは現在まで宗教美術が更新され続けている点である。その更新された宗教美術の中には前述のアカデミックなものとは別にフォークアート的な物がある。仏教が現在まで広く信仰され続けるタイで、各地方で経済的な影響力も持っている寺院内では専業アーティストではない民衆達による表現が培われてきたのである。その中でも地獄を表すセメント彫刻は1970年代より広がり現在ではタイ全土各地の多くの寺院で見ることのできる特筆すべき存在である。地獄を表すセメント彫刻のことを簡単に説明すると、その多くは亡者の彫刻であり、骨ばった体に流血のような表現が施され、それぞれの罪に対応した見た目をしていることが多い。そしてその制作者は専業アーティストではない(私が今までに会った制作者の本業は大工、僧侶、シャーベット屋など様々であった)為、グロテスクでありながらどこか間延びしたような表現が多く、ほのぼのとしていてまるで地獄にいるようには見えないのである。加えて立体物であるが故に私達と同じ地表に立ち、自然に囲まれ太陽に照らされている様を見ているとその印象は更に強まる。これらの私見を含めた印象とは別に、それら亡者像が作られていった1970年代のタイの社会背景を調べてみると、当時タイでは度重なるクーデター、かつてない規模の民主化運動などが勃発した動乱の時代であった。それは同時に民衆の間でも大きく価値観が変わるパラダイムシフトの時代でもあっただろう。私はその時代に地獄の亡者達が、民衆たちの手によって立体として表現されるようになったことは偶然ではないと考えた。そしてまた世界的に社会のパラダイムがシフトし始めたと感じた2016年より私は新たに地獄の亡者の彫刻の制作を始めた。

今回の展示では2016年に制作した彫刻と、今改めて地獄の亡者が立体として表現されることの奇妙を描いた新作の大型ドローイングを展示したいと思っています。是非ご高覧ください。(磯村暖)

<プロフィール>
磯村暖(いそむら・だん)
美術家。国内外での歴史や宗教、フォークアートに関するリサーチをベースとし、トランスナショナルな視点でインスタレーションや絵画などの多岐に渡った制作活動を展開している。近年の活動に台湾の關渡美術やタイのワットパイローンウア寺院での滞在制作、キース・ヘリング生誕60周年記念イベントでのコラボレーション、香取慎吾の呼びかけによる「NAKAMA de ART」に新進気鋭のアーティストとして参加などがある。

<作品解説>

第二次世界大戦後のドイツ。
美術館を飛び出し民主主義を叫んだ芸術家、ヨーゼフ・ボイス。
世界中を攪乱し「芸術」を変えた男のドキュメンタリー。
白黒テレビに映し出される討論番組でフェルトの帽子を被った一人の芸術家が苛立ち、叫ぶ。「今は民主主義がない、だから俺は挑発する!」
彼の名前はヨーゼフ・ボイス。初期フルクサスにも参加し、“脂”や“フェルト”を使った彫刻やパフォーマンス、観客との対話を作品とするボイスの創造(アート)は美術館を飛び出し、誰もが社会の形成のプロセスに加わるべきだと私たちに訴える。既存の芸術が持つ概念を拡張するその思想は、世界中に大きな議論とセンセーションを巻き起こし、バンクシーを始めとする現在のアーティストにも脈々と受け継がれている。
本作は膨大な数の資料映像と、新たに撮影された関係者へのインタビュー映像で創られた、ボイスの芸術と知られざる”傷”を見つめるドキュメンタリー映画である。

監督・脚本:アンドレス・ファイエル
撮影:ヨーク・イェシェル
編集:シュテファン・クルムビーゲル、オラフ・フォクトレンダー
音楽:ウルリヒ・ロイター、ダミアン・ショル/音響:マティアス・レンペルト、フーベルトゥス・ミュル/アーカイブ・プロデューサー:モニカ・プライシュル
出演:ヨーゼフ・ボイス、キャロライン・ティズダル、レア・トンゲス・ストリンガリス、フランツ・ヨーゼフ・ファン・デア・グリンテン、ヨハネス・シュトゥットゲン、クラウス・シュテーク

配給・宣伝:アップリンク
字幕翻訳:渋谷哲也
学術監修:山本和弘
宣伝美術:千原航
(2017年/ドイツ/107分/ドイツ語、英語/DCP/16:9/5.1ch/原題:Beuys)

公式HP: http://www.uplink.co.jp/beuys/ 
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