世界中のろう者の共感をよんだ映画『ヴァンサンへの手紙』

『ヴァンサンへの手紙』は、聴者で本作の監督であるレティシア・カートンが、ある日突然命を絶ってしまったろう者の友人・ヴァンサンへの10年間の想いを綴った書簡形式のドキュメンタリーです。

「ろう者の存在を知らせたい」というヴァンサンの遺志を継ぎ、レティシア監督はフランスに生きる一般のろう者たちの日常へカメラを向けます。子供のために手話とフランス語のバイリンガル校を探す家族、ろう者の権利向上を訴えるハンガーストライキとデモ行進、美しく豊かな手話の世界、ろう者のミスコンテスト…。
ろう者の立場に徹底して寄り添いながら、レティシア監督は彼らの内面に、ヴァンサンが抱えていたのと同じ、複雑な感情が閉じ込められているのを見出していきます。

社会から抑圧され続けてきた怒り、ろう教育のあり方、手話との出会い、家族への愛と葛藤。「この映画で描かれている問題はフランスだけではなく、世界各国で起きている」というレティシア監督の言葉通り、本作はモントリオール映画祭など数々の映画祭で上映され、聴者の価値観を大きく揺さぶり、また多くのろう者の強い支持と共感を得ました。
このたび、10月13日(土)からの公開に先駆け、星野智幸さん(小説家)、中村江里子さん(フリーアナウンサー)、佐々木彩夏さん(ももいろクローバーZ )ほか8名の皆様から応援コメントを頂きました。

星野智幸(小説家)

この映画には、ろう者の「普通」の時間が流れている。
そこにある、理不尽な苦しみも、かけがえのない幸福も、色をつけずに映し出される。
これは、聴者のレティシア監督がろう者の友人たちと共生している、豊かな実例の記録なのだ。
スクリーンの全面から、この姿を見てほしい、私たちは誰だって共生できるのだ、という歓喜が、厳しい現実を押しやるように、あふれてくる。
この作品の存在そのものが、希望だ。

中村江里子(フリーアナウンサー)

正直に書くと……とてもショックを受けました。
私はフランスで”生きていくため“にフランス語を必死に勉強しました。そう、生きていくために……。
手話はろう者が“生きていくため”に必要な言語です。
それが130年、禁止されていたなんて……。
静かに映像が流れていきます。手話は理解ができないけれども、そこから音が発生しているのではないかと思うほど手や指の動きに目と耳が吸い寄せられました。
いつの間にか、私の手も動いていました。
目の前にありのままのろう者の姿が映し出されます。聴者である私が想像したこともない悲しみ、痛み、喜びがそこにはありました。
ヴァンサンの思いがどうか多くの人に伝わりますように……。

齋藤陽道(写真家)

ある人にとっての手話は、単なる言語というよりも、運命に等しいものとしてあることだろう。
この映画には「超自然的な力に支配されて、人の上に訪れるめぐりあわせ」としての運命に
導かれて生きる人々が鮮烈に映っている。
そしてその背景には、手に運命を宿らせている世界中のろう者たちが並んでいる。
ぼくもまたその一人だ。

佐々木彩夏(ももいろクローバーZ )

手が紡ぎ出す言葉は繊細で強くて美しい。
言葉以上に説得力や感情が伝わるような、そんな力がある気がします。
映画の中で、手話の絵本の読み聞かせのシーンがとても印象的でした。
手から繰り出される物語は、目の前にその情景が現れたような、とても臨場感がありました。
手話の禁止、口語の推奨、制圧や差別。知らない歴史ばかりで衝撃的でした。
学校で英語の勉強をするように手話がたくさん使われたり、私たちからも寄り添っていけるよ
うになりたいです。

平野浩二(耳鼻咽喉科医師)

この映画の原題は「ろう者の視点で寄り添う」。
聴者の視点から聞こえ話せるようになれと、手話を封印されたろう者たち。
その怒りが爆発する。
ろう者の心の葛藤を知らない人工内耳推進耳鼻科医にぜひ観てもらいたい。

丸山正樹(小説家)

本作の中で描かれるろう者たちの、生き生きとした姿を見よ。
表情を含めた豊かな表現力。仲間や家族といる時には楽し気に、時にはユーモラスに。
手話ポエムのパフォーマンスはエレガントそのもの。
切実な思いを訴える時の、その感情の深さには圧倒される。
まさしく手話は彼らの「言語」なのだ!
臼井千恵(特定非営利活動法人にいまーる理事)
ろう者に寄り添う。そして親友に語りかける。それも対等な関係で。
生きる上での障壁はあるけれど耳が聞こえないこと自体は障害ではない。
手話のコミュニティが果たす役割は聴者が思い描いている以上に大きな意味を持ち、
ろう者の心の中にある渇望が鮮明に。
聴者と共に社会の一員として人生を生きたい。
ただ、それだけのために長い道のりを歩まなければ。
でも絶望はない。
私たちは常に対等であるという希望に溢れた素晴らしい作品。

若松英輔(批評家・随筆家)

瞠目とも開眼ともいえる経験だった。そして、これまでいかに自分が狭い世界に生きていたのかも痛感した。
手話の教師であるステファヌは、手話は、もっとも始原的な言語で人間の存在と同じくらい古いコトバだという。
現代は、あまりに言語に頼るあまり、体現されたコトバを忘れた。それだけではない。
手話は、手が動くたびに巻き起こる風のコトバでもあり、話す者の肉体から湧き起る息のコトバでもある。
いま、私はこう言いたい。手話は、人間の生命と深くつながったいのちのコトバだと。
だからこそ、生ける者だけでなく、亡き者たちにも、まっすぐに届く。

監督:レティシア・カートン
音楽:カミーユ(『レミーのおいしいレストラン』主題歌)
編集:ロドルフ・モラ
共同配給 : アップリンク・聾の鳥プロダクション
宣伝 : リガード
助成 : 笹川日仏財団
ドキュメンタリー/112分/ DCP /2015年/フランス/
フランス語・フランス手話