ウォン・カーウァイの『楽園の瑕』も、アン・リーの『グリーン・デスティニー』も、ホウ・シャオシェンの『黒衣の刺客』も、もしもこの人がいなければ作られることはなかっただろう。
 
京劇の影響のもと、アクション映画を芸術の域にまで高め、中華圏としては初めてカンヌ国際映画祭での受賞を果たし、世界に知られることとなった伝説の監督・キン・フー。
ブルース・リーやジャキー・チェンを始めとした香港アクション界に絶大なる影響を与えながらも、当時の日本では紹介されることなく、後の映画祭上映などを通じてようやく驚きをもって「発見」されたキン・フー監督。そしてついに今年、幻の傑作と言われる『山中傳奇』が、4Kデジタル修復版として甦る。しかも、従来知られていた2時間版とはまったく異なる、3時間10分にもおよぶ完全全長版! これによって初めて、キン・フー監督がイメージした『山中傳奇』の全貌が明らかになるのだ。
中国・宋時代の古典から想を得た本作は、キン・フー作品中、唯一のファンタジー映画。とはいえ、もちろん流麗なワイヤーアクションが随所に盛り込まれ、特に後半のたたみかけるような展開は圧巻の一言。武器ならぬ楽器をもって闘い、激しいパーカッションのリズムが勝敗を決するという、あまりにも独創的なコンセプトを持っている点でも唯一無二の作品だ。
主演は、それぞれ『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』『俠女』にも主演しているシー・チュンとシュー・フォン。さらに人気女優で監督としても活躍しているシルヴィア・チャン(『恋人たちの食卓』『妻の愛、娘の時』)が、主人公の学僧を救う絶世の美女を演じている。

2016年ヴェネチア映画祭クラシック部門に出品されたデジタル修復4K完全版が2018年11月24日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次ロードショーと決定いたしました。日本での劇場公開は初となります。

公開に先立ち以下の方々よりコメントが届いています。

宇田川幸洋( 映画評論家 )
キン・フー監督には、3時間を超える大作が2本ある。’70年代のはじめに躍り出た「侠女」と、同じく掉尾を飾る「山中傳奇」であり、ことに「山中傳奇」は最長の一篇である。宋代の小説をもとにした怪異譚であるが、美しい映像、悠々たるかたりくち、独創的なアクションのおもしろさで、時を忘れ、豊饒なものがたり世界に遊ぶことができる。シー・チュン(石雋)、シュー・フォン(徐楓)ら常連スターにくわえ、わかきシルヴィア・チャン(張艾嘉)の美しさが光る。

四方田犬彦( 映画・比較文学研究家 )
鮮やかな原色が蝶のように飛び交う山中、二人の美女が青年僧を誘惑する。一人は妖艶にして残酷な美女。もう一人は優しさに満ちて、心清らかな美女。だが仏陀の摂理を前に、いずれもが眼の幻として消えてしまう。『山中伝奇』によって、武侠片の巨匠キン・フーが、成熟の極みに達した。文字通り、最高の傑作である。仏教は世の無常を説き、道教は不老長寿を説く。このフィルムには中国哲学のすべてがある。


<物語>
若き学僧ホーは、霊験あらたかな経典の写経を依頼され、仕事に集中すべく幽玄な山中の城跡を訪れる。しかしそこに棲まっていたのは、成仏できずにこの世を彷徨う妖怪たち。ホーを陥れ、死者の魂を解放すると伝えられる経典を奪おうとする悪霊と、そうはさせじと立向うラマ僧の道士。やがて、現世と霊界の境を超越した凄まじい戦いが勃発する。使われる武器は剣や弓矢ならぬ、太鼓やシンバルといったパーカッシヴな楽器の数々! 轟々と鳴り響くトランス・リズムの応酬のなかでやがて、妖怪たちの恐ろしくも悲しい過去が明かされてゆく……。
<スタッフ>
監督・美術:キン・フー(胡金銓)
脚本:チュン・リン(鐘玲)
撮影:ヘンリー・チェン(陳俊傑)
音楽:ウー・ターチャン(呉大江)
武術指導:ウー・ミンサイ(呉明才)
英 題:Legend of the Mountain
1979年金馬奨 最優秀監督賞/最優秀美術設計賞/最優秀撮影賞/最優秀録音賞/最優秀音楽賞
2016年ヴェネチア映画祭クラシック部門・4K修復版出品
<1979年/台湾・香港/カラー/DCP/モノラル/シネスコ/192分>
提供・配給:オリオフィルムズ、竹書房
配給協力・宣伝:トラヴィス

<キャスト>
シルヴィア・チャン(張艾嘉)、シュー・フォン(徐楓)、シー・チュン(石雋)、
ティエン・フォン(田豊)、レインボー・シュー(徐彩虹)、トン・リン(佟林)、ウー・ミンサイ(呉明才)