第二次世界大戦終結から70年を迎えた2015年4月9日、天皇・皇后両陛下がパラオ共和国ペリリュー島の慰霊碑で戦没者を追悼された。日本軍約1万人が犠牲になったペリリュー島の最南端に建てられた「西太平洋戦没者の碑」に、日本から持参された白菊の花束を手向け、深々と一礼された後、海の先に望むアンガウル島にも拝礼された。
1944年9月15日から11月24日、ペリリュー島では70日に及ぶ激戦の末、日本軍、米国軍合せて
1万を超す命がこの地に散った。余りにも悲惨で苛烈であったが故に、日米双方で語られる事がなく忘れられた戦い。

現代に残された資料映像、多角的な証言から綴る、ペリリュー島の「追憶」——
本作は、米国防総省、米海兵隊歴史部、米国立公文書館に保存されている膨大な映像と、日本の自衛隊第8師団、NHKに残る貴重な資料により、ペリリュー島の真実が描き出される。これほどまでの膨大な日米双方からの資料映像が見られる作品はいままでに前例がなく、歴史的にも大変意味のある作品となっている。かつて血に染まった海岸線は美しい姿を取り戻したが、弾薬、戦車、司令部跡、島の至る所には戦争の痕跡が時代を越えて鎮座している。資料映像と現代のペリリュー島の風景で綴る映像により、70日間に及ぶペリリュー島の戦いの記憶が蘇る。
ペリリュー島の戦いを生き抜いた元日本兵、アメリカの元海兵隊兵士、島民の貴重なインタビューにより、そこで、その時、何が起き、「指揮官は、兵士は、民間人は、何を思ったか」と言う視点を通して日米に甚大な惨劇を生んだ戦場の島を見つめる。

◆美輪明宏コメント◆
戦争をするには、武器弾薬は勿論、石油、鉄等の天然資源の他、自給率豊富な食糧、財力、文明力、情報力、分析力が必須条件です。
それ等が欠如したまま戦争に突入させたのが、日本軍の上層部でした。兵士や国民を、敵の原爆やバズーカ砲に、竹槍で立ち向かわせたのです。その「つわもの共の夢の跡」の悲劇を、この映画の中の美しいペリリュー島の姿が、今、静かに物語ってくれています。

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執筆者

Yasuhiro Togawa