タンゴから愛と憎しみを授かった女、マリア
タンゴに新たな息吹を与えた男、フアン

アルゼンチン・タンゴに革命を起こした伝説のタンゴダンサー、マリア・ニエベスとフアン・カルロス・コペス。14 歳と17 歳で出会ってから 50 年近く踊り続け、世界に名声を轟かせた名コンビだ。しかし、名声の裏では幾度となく愛、裏切り、和解が繰り広げられていた。どこでボタンを掛け違えたのか。愛憎を芸術的なタンゴ・ダンスに昇華できたのは、タンゴへの情熱と互いへの尊敬の念があればこそだ。しかし、1997 年、ついにコンビを解消する。他のダンサーでは理想の踊りができないと骨の髄まで知る彼らに、いったい何が起きたのか。以来、対面すら避けていたふたりだったが、後継者となる若きタンゴダンサーに波乱万丈の人生とタンゴへの愛を語り始めた。残された時間は、あとわずか……。
マリアとフアンの闘いの日々を官能的で幻想的なダンスで表現するのは、アルゼンチンを代表する名ダンサーたちだ。壮年期のコペス役のパブロ・ベロンはサリー・ポッター監督の『タンゴ・レッスン』で本人役を演じた世界的ダンサー。青年期のコペス役のフアン・マリシアは、2014 年のタンゴダンス世界選手権ステージ部門の覇者。2015 年にはラ・フアン・ダリエンソ楽団来日公演に同行し、甘いマスクと完璧な踊りで日本のファンを魅了した。壮年期のマリアを演じたアレハンドラ・グティは日本でもデモンストレーションを行っている人気ダンサー。そして若きマリア役のアジェレン・アルバレス・ミニョはアルゼンチンの芸術大学在学中ながら 2015 年のタンゴダンス世界選手権ステージ部門のファイナリストに選ばれた新星だ。

ヴィム・ヴェンダース製作総指揮!
孤高のタンゴ・ダンサーの半生を浮き彫りにする

製作総指揮はドイツの名匠、ヴィム・ヴェンダース。『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ 』(99)、『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち 』(11)などドキュメンタリーの名手でもある彼が、愛弟子のヘルマン・クラル監督をサポートした。アルゼンチン出身のクラル監督は、大学の卒業制作『不在の心象』(98)で山形国際ドキュメンタリー映画祭大賞を獲得した俊才だ。本作では苦い過去に口をつぐむマリアとフアンに粘り強い取材を敢行。また、ふたりの心の揺らめきをタンゴ・ダンスで再現したことで、ドキュメンタリーの新境地を切り拓いた。
映画全編に流れる音楽は、マリアとフアンのタンゴ人生に寄り添う名曲ばかりだ。開巻早々に彼らが披露するラスト・ダンスでは、ふたりが世界的に注目されるようになった“タンゴ・アルヘンティーノ”公演のフィナーレ曲「ケハス・デ・バンドネオン〜バンドネオンの嘆き」が。演奏はふたりと縁が深い六重奏団セステート・マジョールで、全 20 曲のうち 13 曲は、彼らが新たに録音したものが使われている。他に、少女時代のマリアがホウキと戯れる場面の「ジョ・ソイ・エル・タンゴ〜私はタンゴ」は、アニバル・トロイロ楽団が 1940 年代に録音したバージョン。エンディング直前、マリアが笑顔で踊る場面に、フアン・ダリエンソ楽団による「デ・アンターニョ〜昔風に」と、多様なスタイルのタンゴ音楽が使われている。
天使のように舞う初恋のダンス、口論のごとく激しく脚を絡め合う憎しみのダンス。そして、ゆったりと上品にステップを踏む悠々自適のダンス。秘めた想いをダンスで表現する彼らにとって、タンゴは人生そのものなのだ。ままならない男と女のドラマをファンタジックなタンゴ・ダンスで魅せる傑作ドキュメンタリーが、この夏、開幕する!

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執筆者

Yasuhiro Togawa