第2次世界大戦下、双子の兄弟が「大きな町」から「小さな町」へ疎開する。疎開先は、村人たちから「魔女」と呼ばれる祖母の農園だ。僕たちは、粗野で意地悪なおばあちゃんにコキつかわれながら、日々の出来事を克明に記し、聖書を暗唱する。強くなることと勉強を続けることは、お母さんとの約束だから。
 両親と離れて別世界にやって来た少年たちが、過酷な生活のなかで肉体と精神を鍛え、実体験を頼りに独自の世界観を獲得していく。ハンガリー出身のアゴタ・クリストフによる原作は、双子たちの日記という体裁をとり、殺人も躊躇しない彼らの行動が簡潔に綴られたもの。1986年にフランスで刊行されると、ほぼ口コミによりベストセラーとなり、40にもおよぶ外国語に翻訳され、全世界を熱狂の渦に巻き込んだ。日本でも多くの著名人が話題にしブームとなった。
 数々の文学賞に輝いた珠玉の小説の映画化は、これまで、ポーランドのアグニエシュカ・ホランド監督(『ソハの地下道』)やデンマークのトマス・ヴィンターベア監督(『偽りなき者』」)などが映画化権を獲得しながらも、実現に至らなかった。この、映像化不可能と言われてきた作品が、ついに出版からほぼ30年を経て、見事に映画に変換された。
 原作のいくつかのエピソードを大胆に改編しながら、少年たちが自らの信念を貫いてサバイバルしていく主題を鮮やかに際立たせる。戦時下、大人たちの残虐性にさらされた彼らは、自らを律するため、あるいは邪悪な人間を罰するため、あるいは慈悲の心で、暴力行為を繰り返す。なんとしても強く生き抜く彼らのたくましさが、倫理の枠を超えて見る者を圧倒し、希望の光をも示してくれるのだ。

原作者アゴタ・クリストフの母国ハンガリーのアカデミー外国語映画賞代表作品に
 原作者アゴタ・クリストフは、ハンガリーのオーストリア国境に近い村で、1935年に生まれた。1956年、ハンガリー動乱の際、夫と乳飲み子とともにスイスに渡る。フランス語が話せなかった彼女は女工として働き、離婚し、大学に通ってフランス語を学ぶ。詩や戯曲を同人誌で発表し続け、最初はハンガリー語で、のちにフランス語で書くようになり、初めて書いた小説『悪童日記』をフランスの名門出版社スイユから刊行。一躍その名は全世界に知れわたり、『ふたりの証拠』『第三の嘘』と続編も絶賛された。
 原作では物語の舞台は特定されていないが、「大きな町」とはハンガリーの首都ブダペストと推測され、「小さな町」は、アゴタ・クリストフが9歳の頃に家族と移り住んだ、オーストリアとの国境近くの町クーセグがモデルと推測される。
 ハンガリーのヤーノシュ・サース監督がついに映画化した本作は、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(チェコ)でグランプリを獲得したほか、アカデミー外国語映画賞のハンガリー代表作にも選出された。

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執筆者

Yasuhiro Togawa