このたび、2011年ベルリン国際映画祭でアルフレード・バウアー賞に輝きましたアンジェイ・ワイダ監督『菖蒲』が、10月20日(土)より岩波ホールほかにて公開となります。

本作は、前作『カティンの森』とは打って変わってみずみずしい抒情に満ち、生きることの源泉に触れた文芸映画の傑作です。撮影半ばに起きた、主演のクリスティナ・ヤンダの夫であり撮影監督であったエドヴァルト・クウォシンスキの病死によって脚本が大きく改変され、①原作の物語と、②それを撮影中のワイダ監督のクルー、そして③ヤンダによるモノローグ、の3つの世界が交差し、織り成すように構成されています。ワイダ監督は、脚本を変更した際、劇中クリスティナ・ヤンダが独白するシーンに、20世紀アメリカを代表する画家、エドワード・ホッパーの「朝の日ざし(morning sun)」、「朝日に立つ女(woman in the sun)」の構図を意図的に用いました。ワイダ監督は、夫を失ったヤンダの孤独が、常に都会の孤独を見つめてきた画家の絵に重なったと語ります。

 暗い部屋で膝を抱えてベッドに座る孤独な女性と、陽日にきらめく川辺でつかの間の恋に胸躍らす女性、そんな対照的な2人を演じ分ける女優…。3つの世界が混じり合い、人間の普遍的な「生と死」について問いかける本作。

エドワード・ホッパー(Edward Hopper, 1882年7月22日 -1967年5月15日)

20世紀のアメリカの具象絵画を代表する1人。都会の街路、オフィス、劇場など都市や郊外の風景を、単純化された構図と色彩、大胆な明度対比で描いた。

【アンジェイ・ワイダ監督のことば】
ロケから戻った私に、クリスティナは自ら書いた数ページの原稿のプリントアウトを渡してくれました。私は読みながら、胸を衝かれました。そこには、私の生涯の親友エドヴァルト・クウォシンスキの最期の日々が記されていたからです。「私だけに読ませてくれるつもりなのか?カメラに向かってこれを語ってみる気はないか?」彼女ははっきりと、「ほかの人たちにも話したい」と答えました。そのとき私は、ふと考えました——「彼女はこういうことを思いながら、毎日ロケからホテルに帰るのか、そして孤独のうちに“あの瞬間”を思い出しているのか」と。ただちに私の目の前に、孤独な女性がホテルの部屋ですごす様子を描いたホッパーの絵画が思い浮かびました。

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執筆者

Yasuhiro Togawa