「ひとりの生活」と「老い」。自由に自分の生活を楽しめる一方で、切っても切れないのが老いの問題だ。

映画『クレアモントホテル』のヒロイン・パルフリー夫人もそんな一人。
夫に先立たれたのを期に高圧的な娘の元を離れて、長期滞在でやって来たのはお世辞にも高級とは言えないロンドンの小さな古いホテル。一番いいというふれ込みの部屋がビジネスホテル並みの狭小部屋。ビジネスライクな外国人コンシェルジュ。荷物を持つのもやっとの老ポーター。不満で笑顔を引きつらせるウェイトレス。身内からの電話とTVで「セックス・アンド・ザ・シティ』の再放送を観ることを楽しみとする年配の長期滞在者たち。
新生活は不安の幕開けとなる。

連絡のない孫を待ちつつ寂しい毎日を送るパルフリー夫人。作家志望の青年・ルードと出会い、滞在者仲間の前で思いがけず“おばあちゃんと孫ごっこ”を始めることになり、その単調な生活が鮮やかに彩られていく。

血のつながりに縛られ来ない身内を待つより、新しい関係の中に希望や喜びを見い出すのは極めて理に適った生き方。年齢を超えたバルリー夫人とルードの交流に、生きる楽しさが体の底から湧き上がってくる。
二人をつなぐ詩に、印象的な一節がある。

あの花々が眼裏にきらめく
これぞ独り身の—
至福なり(W.ワーズワース「水仙」より抜粋)

かの大女優と同姓同名の女流作家エリザベス・テイラーの英ブッカー賞候補となったスパイスの効いた原作を、老いの現実を捕らえつつも人生の季節のリレーを心穏やかに描いたのはダン・アイランド監督。
80年代から90年代にかけてはケン・ラッセル監督作品の製作総指揮を勤め、レニー・ゼルヴィガーの『草の上の月』(’96)で監督デビュー。本作が長編劇場映画3作目となる。
子供の頃は映画マニアの両親に鍛えられ、地元のシアトルで映画祭を運営した数年間は年間300本もの映画を観続けてきたという自称『プロフェッショナルな観客』の監督らしく、随所に映画ネタが登場するのも楽しい。二人の関係をルードの元彼女が『ハロルドとモード 少年は虹を渡る』(’71)になぞらえて皮肉るシーンにニヤリとさせられる。

ヘザー・グレアム似の柔和な笑顔と心遣いで“究極の孫”として、パルフリー夫人や滞在者仲間を魅了するのはルパード・フレンド。昨年日本で公開された『わたしの可愛い人−シェリ』(’09)では、ミシェル・ファイファーの年下の恋人を勤めた注目の新進若手俳優だ。

チャーミングなパルフリー夫人を演じるのは名優ローレンス・オリヴィエ夫人でもあるジョーン・プロウライト。『白鯨』(’56)でデビュー、近作では『スパイダーウィックの謎』(’08)と、長年に渡り映画界で活躍してきたベテラン名女優で、豊かに歳を重ねたヒロインを滋味深く体現している。

一段と寒さが厳しくなりついつい縮こまりがちになるこの季節。
『クレアモントホテル』に出かけて、ゆっくり背筋を伸ばしてみては。

(Text:デューイ松田)

●公開情報
1月8日から梅田ガーデンシネマ、 シネ・リーブル神戸、
順次京都シネマ にて公開

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