『ある探偵の憂鬱』
1998年/カラー/35mm/スタンダード/ステレオ/71分

☆’98バンクーバー国際映画祭正式招待(タイガー&ラゴン部門)
☆’99みちのく国際ミステリー映画祭正式招待(新人監督奨励賞部門)

<INTRODUCTION>
自己のアイデンティティー…「自分はいったい何なのか?」
「何のために存在するのか?」それは人間にとって永遠のテーマ。しかし大概の人
は忙しい日常の中に自己を埋没させ、逃避しその概念と向き合うことは稀になって
しまった。物質的な価値観が崩壊し、行き場をなくした現代人にとって、今まさに
自己と向き合う絶好の機会ではないだろうか。

人間はひとりで存在することは出来ない。それを認識する他者が居て初めて存在と
いう定義が成り立つ。そして他者の存在を意識した時、そこに必ず欲望が生まれる。
映画『ある探偵の憂麓』は、自己と他者の欲望によって翻弄される主人公を通し自
己の存在の意味を問う、幻想・ミステリー映画だ。

古びたアパートー室。向かいのマンションの一室をシッと張り込む一人の探偵(大
城英司)。調査対象はマンションに住む初老の婦人(馬渕晴子)。依頼内容は婦人の
日常生活の監視。尾行も身元調査等も一切禁止されている。あまりにも何も起こら
ない。婦人の日常が淡々と過ぎていく。それに合わせ探偵の生活も単調なものに
なっていく。有り余る時間は探偵に自己内省をもたらし彼を不安にさせる。それは
無意識のうちに精神的な逃避に移行し、探偵の目の前に幻想上の美しい女性(小沢
美貴)を体現させてしまう。実在しない女性を愛してしまう探偵。初老の婦人(病
気のために引退した女優)の目論見にもはまり自己を崩壊させていく。
いつしか美しい女性を求め婦人のマンションに侵入する探偵。幻想と現実の狭間で
翻弄された探偵の行き着く先は…

<STORY>
裏びれたピルの探偵事務所。探偵はここ数ヵ月仕事にあふれていた。そんな探偵の
ところに老紳士が尋ねて来る。「あるマンションの一室を見張ってほしい」単純な
依頼だった。

向かいのアパートから張り込みを始める探偵。目的の部屋には五十代半ばと思われ
る初老の婦人が一人で住んでいた。「依頼人の別れた妻。その異性関係の監視」探
偵は調査目的をそう結論付けた。張り込み開始から1週間。報告に値するような事
は何も起こらなかった。婦人の単調な生活が延々と繰り返されるだけだった。
一カ月が過ぎたが状況は何も変わらなかった。得体の知れぬ不安感が探偵を襲った。
何かが起きることによってのみ自己の存在を確立できる探偵という職業。安穏な時
間の渦は探偵を不安に陥れ、その不安から逃れるために探偵は婦人の観察に没頭し
た。そして数か月後。いつしか婦人の生活は探偵の一部となっていった。否…探偵
が婦人の生活の一部になっていったのかもしれない。去勢された探偵は『このまま
何も起こらなくていい…」そう思い始めていた。

そんな時。探偵の前に若い女性が現われた。彼女の神秘的な魅力は探偵の麻痺して
いた感覚を刺激するには充分だった。若い女の姿を追い求め、執拗にカメラで狙う
ようになる探偵。しかし偶然レンズの反射光が老婦人の目に入ってしまった。
探偵の存在を知りカーテンを閉める婦人。それから二度とカーテンは開けられるこ
とはなかった。混乱し部屋の角に縮こまっている探偵。そんな探偵の元に依頼主か
ら手紙が届く。「女を殺してくれ」混乱し、部屋から逃げだす探偵。気が付くと女
のマンションの前に来ていた。何かに誘われるように部屋に入る探偵。

幻想的な部屋。ヘッドで寝ている女。いっしかお互いを求め合う二人。
しかし…全ては婦人の罠だった。依頼主の老紳士も若い女も皆婦人の変装だった。
元舞台女優の婦人は声帯の病気で声を失い絶望していた。「死ぬ前にもう一度舞台
に立ちたい」探偵は最後の舞台のたった一人の観客を演じさせられていたのだ。

そうとも知らずヘッドで目覚める探偵。混乱する探偵は部屋に入ってきた老婦人の
首を咄嵯に絞める。踊るように絡み合う二人。老婦人は抗うこともなく息を引き取
る。自分が罠にはめられた事にも気が付かず荘然と立ち去る探偵。数ヵ月後。浮浪
者のようにボロボロになった探偵の姿があった。探偵はこの世に居るはずのない女
の姿を求めて彷徨っていた。
アパートの前。暗い窓を見上げている探偵。彼の目には女の姿が映っていた。不気
味なほど穏やかな笑顔を見せる探偵。幻想の中で彼は幸せを感じていた。

<STAFF>
監督・製作・脚本・編集:矢城潤一
撮影:新妻宏昭
照明:内原真也
音楽:小幡亨
美術:長田征司
録音:中村淳
メイク:内田ゆうこ
音響効果:柴崎憲治
助監督:多胡由章
協力プロデューサー:亀田裕子
製作担当:甲斐路直

<CAST>
探偵:大城英司
若い女:小沢美貴
老紳士:中村方隆
ホテトル嬢:かとうかなみ
初老の婦人:馬渕晴子