法廷を舞台としたドラマ_それが、本作品である。

『スペシャリスト−自覚なき殺戮者−/UN SPECIALISTE』
1999年/フランス・ドイツ・オーストリア・イスラエル/上映時間128分
白黒/スタンダード/ドルビーSR/35mm

・2000年2月5日より公開

<INTRODUCTION>
『スペシャリスト−自覚なき殺戮者−』は法廷を舞台としたドラマであり、そこに描
かれているのは法律と階層秩序にこの上もない敬意を払う熱心な官吏であり、また同
時に数百万人の人々の抹殺に責任を負うSS幹部でもあり、且つ現代の犯罪者でもある
一人の男の肖像である。
警察当局は被告を血に飢えた変質者、権謀術数にたけた嘘つき、そして連続殺人者と
して描写しているが、しかしこの男は物静かな家庭人のような容貌であり、その平凡
さは滑稽であると共に恐ろしささえ感じさせる。この男は自分が加担した犯罪計画で
自分の果たした役割を否定してはいないが、上司の指示、忠誠の誓約あるいは命令遵
守義務といった隠れ蓑の背後に隠れてしまう。この男は自分の役割が単に代行者でし
かないこと、即ち純粋に行政上・兵站上のものでしかなく、いかなる感情も持ち合わ
せていないということが人道的裁判から擁護されると考えている。もっともそれだか
らといってすべて免貴になるというものではない。

被告アドルフ・アイヒマンは平均的な背丈の50代の男性、近眼で頭髪はほとんど禿げ
上がっており、神経性の痙繁で悩んでいる。裁判の行われている間中、アイヒマンは
ガラス製のボックス席に座り、自分の回りにこぎれいに積み重ねられた書類に絶えず
メモ書きをしたり、何度も読み返したりざっと目を通したりしている。国外移住のエ
キスパートであり「ユダヤ人問題」のスペシャリストであったアイヒマンは、1941年
から1945年にかけて行われた「人種上の理由による国外追放者」をナチス強制収容所
へ移送する責任者であっれ彼はこの仕事を驚くほどに官僚的な正確さで遂行する。

法廷で、あるいは彼からあてがわれた地獄を生き延びた証人達の前で、この男は殺さ
れる運命にある人間集団を死の工場に送り込んだことを認めてい私自分の義務と良心
との間の葛藤をなんとかして表現しようとする。そしてその義務を怠ったという理由
で誰も彼を告発することはできないと主張する。
自分自身の無力さに当惑したため、被告は自分自身を「大海の中の一滴、上級権力の
手中にある道具」と表現する。もし私がやっていなかったら、誰か他の人間が代わり
にやっていただろう、と述べている。犯罪の残忍な性質と被告の平凡さとの間のコン
トラストは極めて印象深いものであり、このドキュメンタリー作品を構成する13の場
面が進むにつれてなお一層明らかなものとなる。なぜならそこに描かれているのは恐
ろしく凡庸な人間の肖像だからである…。

場面はエルサレムの下院内にあるメインホールである。この機会に法廷に作り変えら
れた。ここで1961年に8ケ月以上にわたってイスラエル国家はニュールンベルク裁判
を逃れたこの男の裁判を行ったのである。撮影はこのメインホール内で行われる。

スペクタクルとして入念に工夫が施されており、アイヒマンヘの事情聴取はその全体
がフィルムに収められているが、このことはナチス犯罪者の裁判としては唯一の例で
ある。法廷での説事の進行を妨げないようにするために、間仕切りの背後に隠された
4台のビデオカメラが、法廷へと作り替えられたホールに設置された。これら4台の
カメラのうち1台の映像が音声と共に、当時の革新的技術であるビデオに収められた。
アメリカ人ディレクターであるレオ・T・ハービッツが4つのアングルのどれを使用
するかを決定した。裁判は約500時間にわたってNTSC方式で2インチビデオテープに記
録された。保管テープは一部が消失した。残りの350時間分は偶然にも保管されてお
り、それらは採録されカタログが作成されることになった。
このようにして救い出された裁判シーンは今日参考資料や実際の使用に供される歴史
的コレクションとなっている。「スベシャリスト−−自覚をき殺裁者−−」は修復さ
れた後、コンピュータによって保管のため35ミリテープに移された。
この映画はすべてこれらの保管テープから作られている。

<被告>
被告アドルフ・アイヒマン(ドイツ人)は1906年ドイツのゾーリンゲンに生まれた。26
才の時オーストリアでSS(ナチス親衛隊)に入隊した。9年後の1941年にSSの中佐の地
位に昇進した。ドイツ第3帝国の国内の治安を担当する第4-B-4局の前局長として、ア
イヒマンはユダヤ人、ポーランド人、スロベニア人そしてヨーロッパ内のジプシーを
強制収容所に大量移送する任務に就いていた。1960年にイスラエルの秘密諜報員に
よってブエノス・アイレスで逮捕された翌年、アイヒマンはエルサレムで裁判を受け
その後絞首刑となった。第2次大戦中における何百万人もの人々の虐殺の責任者とい
うのが衆目の一致した見解だったので、彼も自分が「恐ろしい犯罪」を犯した罪があ
ることは認めた。しかしその一方で、法廷が彼に突きつけた数々の罪状は否認した。
彼はこの映画における主役である。

<検事>
検事ギデオン・ハウスナー、1915年生まれ。3日間に及ぶ冒頭論告でハウスナーは自
らを6百万人の犠牲者の声を体現するものであると述べた。被告と対決するため、芝
居がかった技法で怒りや皮肉を口にしたが、彼の怒りは裁判の間中衰えることはな
かった。イスラエル政府の名のもとに、ハウスナーはアイヒマンに対してだけではな
くアイヒマンを通してナチス運動全体にこの告発裁判を突きつけたのである。ガブリ
エル・バックやヤーコブ・バロールの助けを得て、ハウスナーはアドルフ・アイヒマ
ンを告発するための証拠を15項目に挙げ提出した。そのうちの7つは人道に反する罪
であり、次の4つはユダヤ人に対する罪であり、残る4つは戦争犯罪及び犯罪組織に
関するものである。

<法廷>
この裁判は特別な裁判権のもとで行われたのではなく、エルサレムの地方裁判所で行
われた。ドイツ出身の3人のイスラエル人判事が裁判官を勤めた。

裁判長…裁判長モシェ・ランダウは厳格な性格の人物であった。裁判の間中ラン
ダウはアイヒマン自身の責任についての法的な領分に訴追を戻すことに常に心を
砕いた。ランダウはまた被告に「明確な質問に対する明瞭な返答」を求めるため
自分自身の権限を行使した。

裁判官…裁判官ベンヤミン・ハレヴィは熱心で正確であるように見えた。彼は躊
躇うことなく法廷での議事の進行に割って入り、証人たちから正確な詳細を手に
入れた。またアイヒマンにしばしばドイツ語で語りかけ、「聴罪司祭」としての
役割をも果たしたのである。

裁判官…裁判官イツァク・ラヴェーは法廷の最年長者であった。被告にドイツ語
で丁重に質問し、その見返りに感情を交えない的確な新事実を入手したのである。
これら2人の裁判官とアイヒマンとの対話は被告の役割と方法に明確な光を投げ
かけている。

<弁護士>
ケルン出身の弁護士ロバート・セルヴァティウスは以前はニュールンベルク裁判の助
手を勤めていた。被告によって雇われたものの、費用はイスラエル政府が負担した。
被告に対する罪状のスケールの大きさに圧倒されたため、セルヴァティウスは裁判の
間は終始影の薄い存在であった。被告は自分自身で弁護を行った。

<STAFF>
脚本:エイアル・シヴァン、ロニー・ブローマン
製作・監督:エイアル・シヴァン
ライン・プロデューサー:アルメル・ラボリー
デジタル照明:ジャン・マルク・ファブル
サウンド・デザイン:ニコラス・ベッカー
ミキサー:フィリップ・ボーデュアン、トマス・ゴーデル