映画『ヒップスター』の監督、デスティン・D・クレットンは、
米映画批評サイト、ロッテントマトで99%の満足度を獲得し、アカデミー女優ブリー・ラーソンの
出世作となった映画 『ショート・ターム』(2014年公開作品)で注目を集めた人物です。
ブリー・ラーソンをオスカー女優へと導いたその演出手腕は、
じんわりと心温まるストーリーと風景描写が特徴であり、観た人の心を癒してくれる世界観を持っています。
デビュー作である本作では、満足度99%を生み出す演出ルーツを探ることができます。

■街の色彩描写や自転車シーンなど、リアルなシーンを自然に描く世界観
本作の舞台となるサンディエゴの街を、ナチュラルな自然の色彩を通して描くデスティン・D・クレットン監督。
空の青や木々の緑、街中の看板など、のどかな街の風景を通して登場人物のパーソナリティが表現され、
観る者の心を引き込んでいきます。自転車のシーンが多く取り入れられているのも、
『ショート・ターム』に引継がれるデスティン流。ハワイのマウイ島で生まれ、
近所の畑でパイナップルを摘みながら3歳までマウイで夏を過ごしたデスティン。
またサンディエゴには10年間暮らしており、海と自然が豊かな街での生活が、
デスティン・D・クレットン監督のアートワークを育んでいったと言えるでしょう。

■映画業界のトップも認める演出力
米テキサス州・オースティンで開催される、サウス・バイ・サウスウェスト映画祭のディレクター、
ジャネット・ピアソン氏も彼を賞賛しています。
「何千もの作品がエントリーされるサウス・バイ・サウスウェスト映画祭の中で、成功者はほんの一握り。
彼はその一人である。『ショート・ターム』での“養護施設で働く男女の恋愛”という設定は、
どこにでもありそうなものであるにも関わらず、登場人物達の感情の変化や心の繊細さを巧みに描き、
オリジナリティに溢れている。この才能は稀である。」
全米1・2を争う国債映画祭のトップも注目するデスティンは現在、作家ジャネット・ウォールズの
ベストセラー回顧録の『The Glass Castle(原題)』でブリー・ラーソンと再タッグを組み、次回作を製作中です。
進化し続ける監督の原点を、本作でぜひお楽しみください。

■デスティン・ダニエル・クレットン(監督、脚本、プロデューサー)
1978年11月23日生まれ。祖父母が沖縄出身の日系3世で日本への造詣も深い。
ハワイのマウイ島で生まれ育つ。自身4作目の短編映画『ショート・ターム』が2009年に
サンダンス映画祭審査員賞を受賞。その後、シアトル国際映画祭、シネベガス、ジェンアートでも
各賞に輝き、2010年アカデミー賞の最終選考にも残った。
同名の長編映画用に書き上げた脚本は、映画芸術科学アカデミーが主催する、
2010年度ニコル映画脚本フェローシップ5作品のうちの1つに選ばれた。
『ヒップスター』は彼の長編映画監督デビュー作。
2012年サンダンス映画祭でプレミア上映され、批評家たちに絶賛された。

『ショート・ターム』(同名短編映画に基づく)は2013年SXSW映画祭でプレミア上映され、
観客賞、最優秀審査員賞のW受賞を果たして以来、世界中の50もの映画賞にノミネートされ、
35もの映画賞を受賞し、日本でも高い満足度から口コミで大ヒットとなったのが記憶に新しい。

■映画『ヒップスター』に寄せて by デスティン・ダニエル・クレットン
映画が作れず、なんとなくもやもやしていた頃、
あるときプロデューサーのロン・ネイジャーが私を座らせて、こんなことを言ったんです。
「君と一緒に映画を作りたい。駄作になってもいい。とにかく何か作りたいんだ」と。
本人は気づいてなかったでしょうが、私はその言葉で救われた気がしました。
私にとっては、それほど大きな意味を持つ言葉でした。
リスクを恐れる必要はないと感じ、今までやらなかったことを試そうと思いました。
何も恐れることなく、書きたいストーリーを書こうと。失敗を恐れることがなければ、他に怖いものなんてありませんから。

脚本を書き始めた頃は、最終的にどういう物語になるのかは考えずに進めました。
ただ、私が十年間暮らすうちに、すっかり恋に落ちてしまった、このサンディエゴという街の
インディミュージックシーンやアートシーンをテーマに、愉快なストーリーを語りたい、それだけは決まってました。

こういう脚本を書いたのは、実のところ、お気に入りの2人のアーティストと一緒に仕事をしたかったからでもあります。
それがドミニク・ボガート(映画でも舞台でも、私を驚かせてやまない俳優です)と、
ジョエル・P・ウェスト(素晴らしいメロディで長年、私にインスピレーションを与えてきたミュージシャン)でした。

ドミニクは大変だったろうと思います。出演シーンが多いことに加え
、映画の中でライブ演奏する5曲をギターで弾けるようになる必要もあったんです。
完成した映画には心から満足しています。
特に俳優たちの演技と、ライブ演奏の素晴らしさはちょっと自慢したいくらい。
監督の私が惚れ込んでいるのですから、間違いはありません。
皆さんにスクリーンでこの映画を観て、聴いてもらうのが待ちきれません。

『ヒップスター』は、単なるすかしたヒップスターの映画でも、
クールになろうと努力する20代のオトコの話でもありません。
笑えるシーンも多いのですが、パロディとも違う。
撮影を続けるうちに、それ以上のものになったんです。
3人の妹と一緒に笑い合うことを思い出す兄の話になり、
父親と心を通わせようとする息子の話になり、悲しみの中でも愛し合おうとする家族の話になり、
悲劇に遭っても歌えるんだと気づく若者の話になっていった。

最終的にこういうストーリーになった唯一の理由は、私自身が失敗しても構わないと思っていたから。
撮影中はずっと、スタッフ全員がそういう意識を持っていました。
撮影、音楽、演技、衣装などに関する決断が必要になったら、
当事者全員に「リスクを恐れるな」と伝えるだけです。完璧でなくてもいい。
完全な失敗だったとしても、それで構わない。
だからとにかく新しいことをやってみて、どうなるか見てみようと。
本作はそういうスタンスで撮影された作品です。

お金を儲けようとか、大勢の観客に届けようなんて思いはこれっぽっちもなかった。
もちろん、サンダンスで上映されることなど考えてもいませんでした。
僕らはただ、何かを作ろうとしただけ。
そうやってこの映画は完成し、2012年のサンダンス映画祭でプレミア上映されることになりました。
みんなで心を自由にした結果です。
せっかくだから、できるだけ多くのみなさんと、この映画体験をシェアできたら嬉しいです。

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執筆者

Yasuhiro Togawa