Fake/[féɪk]……偽造する。見せかける。いんちき。虚報。
誰にも言わないでください——衝撃のラスト 12 分間

『A』『A2』以来実に 15 年ぶりの森達也監督作。佐村河内守氏の自宅でカメラを廻し、その素顔に迫る。取材の申し込みに来るメディア関係者たち、ことの真偽を取材に来る外国人ジャーナリスト…。市場原理によってメディアは社会の合わせ鏡となる。ならばこの「ゴーストライター騒動」は、社会全体が安易な二極化を求めていることの徴候と見ることもできる。はたして何が本当なのか? 誰が、誰を騙しているのか?
映画は、この社会に瀰漫する時代の病をあぶりだしながら、衝撃のラストへとなだれ込む。

<森達也監督コメント>

肩書きの一つは映画監督だけど、4 人の監督の共作である『311』を別にすれば、『A2』以来だから、『FAKE』は 15 年ぶりの新作映画ということになる。
もちろんこの期間、テーマなら下山事件に東京電力、被写体なら中森明菜や今上天皇など、撮りかけたテーマや被写体が皆無だったわけじゃない。何度か試行した。でも結局は持続できなかった。数年前くらいからは、もう二度と映画を撮ることはないかもしれないなと内心は思っていた。
でも今年、やっと形にすることができた。映画で大切なことは普遍性。単なるゴーストライター騒動をテーマにしているつもりはもちろんない。誰が彼を造形したのか。誰が嘘をついているのか。自分は嘘をついたことはないのか。真実とは何か。虚偽とは何か。この二つは明確に二分できるのか。メディアは何を伝えるべきなのか。何を知るべきなのか。そもそも森達也は信じられるのか。
…視点や解釈は無数にある。一つではない。もちろん僕の視点と解釈は存在するけれど、最終的には観たあなたのもの。自由でよい。でもひとつだけ思ってほしい。
様々な解釈と視点があるからこそ、この世界は自由で豊かで素晴らしいのだと。

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執筆者

Yasuhiro Togawa