1942年、アウシュビッツ収容所で命を落とした女性作家イレーヌ・ネミロフスキー。当時人気作家として活躍していたネミロフスキーが次回作として執筆していた原稿が本作の原作「フランス組曲」。作者がついに書き終えることのできなかった未完の物語が映画として完成し、私たちに届くまでには驚くべき「奇跡」が隠されていた。

 
 処女作がジュリアン・デュヴィヴィエ監督により映画化(「ゴルダー」)されるなど、人気作家として活躍していたユダヤ人女性作家イレーヌ・ネミロフスキー。作家として絶頂の時、第二次大戦が勃発。1942年、ついにアウシュビッツ収容所で命を落としてしまう。残された2人の愛娘は変名しながらの逃亡生活の中で「どんな時も決して手放してはならない」と託された母の形見のトランクを必死に守り抜き生き延びた。戦後、辛い思い出と向き合うことを避けた姉妹が、トランクの中に母の未完の原稿を発見するのは、実に作者の死から60年後のことだった。

 娘たちの尽力により、ついに2004年、フランスで出版された原作は瞬く間に話題となりフランスの四大文学賞の一つルノードー賞を受賞。欧米各国で大ヒットを記録する。日本ではフランス文学者・翻訳家の野崎歓氏がいち早く原作を高く評価し、権利事情の紆余曲折を経て同氏(第一部「六月の嵐」訳、解説を担当)と平岡敦氏(第二部「ドルチェ」訳)の共訳で、2012年、ついに日本で日の目を浴びることになった。

 数々の困難を乗り越えてついに出版された原作。だが映画化においてもさらなる苦難が降りかかる。原作に惚れ込んだ映画制作陣が制作に乗り出した矢先、原作者の未完の物語を完結させる上で鍵となる作者の長女ドニーズが死去。難航しながらもようやく完成した映画には、原作にはない、生き別れとなったユダヤ人母子の描写が盛り込まれている。

「1952年の読者も2025年の読者も同じように引きつけられる出来事や争点を、なるだけふんだんに盛り込まなければならない」と語った原作者が死の恐怖に耐え綴った壮大な人間ドラマが、死後70年の時を経て映画として私たちのもとへと届く。
『フランス組曲』は1月8日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開。

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執筆者

Yasuhiro Togawa