新しい世界が幕を開けるパリ。
彼女の小説は、時代を変えた。

今年6月のフランス映画祭では、フランス映画ファンにはたまらない監督・キャストの豪華さで早々にチケットが売り切れ、満席となった『ヴィオレット-ある作家の肖像-』。タイトルの通り、主人公は実在の女性作家。名前は、ヴィオレット・ルデュック。日本では、代表作である小説「私生児」の邦訳が1966年に、「ボーヴォワールの女友達」が1982年に出版されただけなので知る人は少なく、本国フランスでも一時期は忘れられた作家だった。しかし、フランスでは、この映画の公開を機に、全集も出版され、再び大きな注目を集めることになり、シモーヌ・ド・ボーヴォワールが「第二の性」で時代を変えたと同じように、時代を変えた作家として再評価されているという。

1907年、私生児として生まれたヴィオレット。映画では、彼女が小説を書き始める頃からが描かれる。ボーヴォワールと出会い、才能を認められ、戦後間もない1946年に処女作「窒息」を出版。女性として初めて、自分自身の生と性を赤裸々に書き、ボーヴォワールだけでなく、カミュ、サルトル、ジュネら錚々たる作家に絶賛されたものの、当時の社会には受け入れらなかった。傷ついたヴィオレットは、パリを離れ、プロヴァンスに移り、そこで自身の集大成ともいえる新作「私生児」の執筆にとりかかりはじめるが……という物語。

監督は、『セラフィーヌの庭』でセザール賞最優秀作品賞に輝いた名匠マルタン・プロヴォ。主役のヴィオレットを演じるのはセザール賞ノミネート5回、2度の受賞に輝く名女優エマニュエル・ドゥヴォス。なんとドゥヴォスは、鼻にコンプレックスを持っていたヴィオレットを演じるために「付け鼻」をつけての熱演だ。ボーヴォワールを演じるのは、サンドリーヌ・キベルラン。ヴィオレットを援助する香水メーカー・ゲランの経営者ジャックを演じるのは、ダルデンヌ兄弟監督の映画でおなじみのオリヴィエ・グルメ。現代フランスを代表する劇作家で演出家のオリヴィエ・ピィが、ヴィオレットに小説を書くきっかけを与える同性愛者の作家モーリス・サックスを演じている点や、レオス・カラックスの『ホーリー・モーターズ』で知られる名カメラマン、イヴ・カープの映像も見逃せない。また、ヴィオレットが生きた40年代〜60年代の新しい文化が花開こうとしている時代のパリや、フェミニンなヴィオレットのファッションとボーヴォワールの対照的なシックなファッションなども見どころになっている。

この度完成した日本版ビジュアルでは、チェック柄の素敵なワンピース姿のヴィオレットの背景に、明るいプロヴァンスの光の下、湖畔を歩く彼女の姿が映しだされている。主演のエマニュエル・ドゥヴォスいわく、ヴィオレットは“文学界のゴッホ”。ヴィオレットのプロヴァンスは、果たしてゴッホにとってのアルルなのか? 書くことが、生きること。自分の人生のすべてを“芸術”に昇華したヴィオレットの生き方が、先だっての芥川賞をきっかけに“純文学”の裾野が広がったとも言われている日本でも、多くの共感を集めるかもしれない。『ヴィオレット−ある作家の肖像−』、ぜひ公開を楽しみにしていただきたい。

関連作品

http://data.cinematopics.com/?p=53849

執筆者

Yasuhiro Togawa