孤高のカリスマ・ロッカー、ニール・ヤングが自己資金300万ドルを投じて監督・主演して完成させた幻の放射能コメディ映画が『ヒューマン・ハイウェイ』(1982)。昨年のトロント映画祭で突如30年以上の時を経てディレクターズ・カット版が上映され、来る9月12日より新宿シネマカリテにて日本初公開となる。ディーン・ストックウェル、デニス・ホッパー、ラス・タンブリン、サリー・カークランド、シャーロット・スチュワートなど、ミュージシャンの監督作品としては考えられないような豪華なキャストが集められたが、もうひとつ興味深いエピソードが発覚した。

トロント映画祭記者会見でのハナシ。『ヒューマン・ハイウェイ』の撮影現場には毎日姿を現す若者がおり、セットの管理人のように現場のあれこれを手伝っていたという。それについてニール・ヤングが「いろいろ手伝ってくれる、うーんとあれは何ていう仕事だっけか?」と思い出そうとしていると、同席していたシャーロット・スチュワートは、「ああ、ケヴィン・コスナーのこと?」と返した。後に『ダンス・ウィズ・ウルヴズ』(1991)でアカデミー賞を受賞したハリウッド・スターのケヴィン・コスナーが、常に雑用係としてうろちょろしていたというのだ。俳優デビュー前のハナシである。

コスナーが主演した1990年のトニー・スコット監督作、『リベンジ』のオーディションで一緒になった女優サリー・カークランドは、すでにスターとなっていたコスナーに対し、彼の作品の素晴らしさを語ったところ、コスナーは「サリー、覚えていないかい?僕はあなたがニール・ヤングと『ヒューマン・ハイウェイ』を作っていたラレー・スタジオの管理人だったんだよ。映画制作のすべてをあなたやディーン・ストックウェル、デニス・ホッパー、みんなに教わったんだよ」と語ったという。カークランドはまったくコスナーのことを覚えていなかったそうで、また『ヒューマン・ハイウェイ』のエンド・クレジットにもコスナーの名前はない。
ちなみにこれが縁かは定かではないが、南北戦争時代の北軍とネイティヴ・アメリカンたちの交流を描いた超大作西部劇『ダンス・ウィズ・ウルヴズ』に何百頭というバッファローを大挙登場させたコスナーだが、うち2頭はニール・ヤングから借りている。

そんなハリウッドの大スターのキャリアの出発点となった(?)ともいえる『ヒューマン・ハイウェイ』は、撮影現場に台本はなく、DEVOのメンバーが働く核廃棄物処理場のある街がボブ・ディランの「風に吹かれて」を歌えないほど放射能で汚染され、ガソリンスタンドで働く自動車修理工は夢の中で爆裂ライヴを開き、隣接するダイナーのウェイトレスは気まぐれで、コックは狂っていて、完成後に関係者が映画の内容について問われても皆「まったくわかりません」と答えたというとてつもない映画。そんなあらゆる面で衝撃的な『ヒューマン・ハイウェイ』はディレクターズ・カット版として9月12日より新宿シネマカリテにて日本初の劇場公開となる。

日本初公開となる『ヒューマン・ハイウェイ<ディレクターズ・カット版>』は、
9/12(土)より新宿シネマカリテにてレイトショー、以降全国順次公開される。

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執筆者

Yasuhiro Togawa