16日の劇場公開から5日が経ち、米国公開時同様に、徐々に様々な意見とともに賛否両論の渦が巻き起こりつつある狂熱の青春映画『ベルフラワー』。
”男の愚かさと錯乱を『ファイト・クラブ』以来最も強烈に描いた一作”とも評された本作に、男性vs女性、恋人vs友達、リアルvsファンタジー、派手vs地味、アクションvs青春ドラマ・・・観た方々の解釈はそれこそ千差万別、喧々諤々の様相を呈してきている。

『ベルフラワー』はボンクラ男ウッドローがある日ミリーという女性と出会い、夢のような日々を送るが突然彼女の裏切りを目撃、ショックのあまり脳と心を殺られて現実と妄想が入り乱れる暴走へ突入するという内容。
これは監督・主演のエヴァン・グローデルの実体験である失恋に基づいて作られた映画。
いまだかつて見たことのない、全く新しい斬新な映像表現とともに、見え隠れする尋常でない怨念と諦念、凄絶な精神の崩壊具合に、観た者には「いったいエヴァン・グローデルはどんな目にあったのか?」
「実生活での元カノはこの映画の存在をどうとらえているのか?」
と考えさせずにはいられないほど強烈な感情が綴られている。

しかしここで驚愕の事実が発覚した。
なんと、実生活で監督を失意のどん底に陥れたのは、本作で主人公ウッドローの恋人、ミリーを演じたジェシー・ワイズマン本人だった!

米国メディアには明かされていないこの事実を監督に確認したところ、2003年頃にジェシーと破局、あまりに落ち込んでのたうちまわっているうちに、脚本にして映画化しようと決意したとのこと。最初の脚本は自分が天使、彼女が悪魔のような設定でより空想的であり、すべてが自分の都合のいいように物語が展開する内容だったらしく、その執筆作業はまさに怨念こもった「復讐」だったことは想像に難くない。
恐るべきは、この段階で映画化構想を伝え聞いたジェシー・ワイズマン自身が「興味があるから脚本が読みたい」、そして「この役は私にしかできない。私がやる」とエヴァンに伝えたことだ。やはり女性はすごい。
その後企画は始動せずに数年が経過、改めて脚本を読み直したエヴァンは、「あまりに自分勝手で、内容も最悪だと思って書き直した」という。
そして遂に映画が動き出すというときに、もう一度ジェシーに「本当にやるの?」と意思確認したがその決意に変わりはなかった。さすがにエヴァンもビビっただろう。
   
『ベルフラワー』の劇中では庭に火炎放射、暴行、顔面タトゥーなど、現実世界では信じがたい報復合戦も登場するが、それらのエピソードは実際にあったことではない。女性にフラれて自暴自棄になっていくということと、その時の感情が事実だという。
それはそうだろう、本当に劇中のことが起きていたら大問題どころか、人類の危機といえるだろう。
エヴァンは脚本執筆から映画制作の過程を経て「許す」という心を学んだという。

映画は感情がリアルに表現されているとともに、このどん底を乗り越えて一人の男が人生を一歩前進させることが出来たということが作品の核心だという。
しかし劇中に多々登場するセックスシーン含めて、どんな心情でジェシーはミリーを演じたのか。
米国公開時のプレスインタビューを探してもジェシーのインタビューは数えるほどしかなく、また多くは語っていないが、その中でこう語っている。
「人は人、過ちは過ち、人生は人生。人間にはこれらが全部あるのよ。究極の恋愛と究極の失恋。
要はこういう経験を経て、許すという心を学び、それらを乗り越えて先に進むこと。」
映画に登場するボンクラ二人は、まさに現実世界のエヴァン・グローデルとその仲間たち。
ヒューマンガスへの憧れ、火炎放射器、メデューサ号などはすべて事実であり、現実に存在する事柄。

ハリウッド映画には見られない驚異的にリアルな台詞の数々を含めて、元カレ元カノがあり得ないタッグを組んで作り上げたまさに体当たりの映画『ベルフラワー』は、非日常的な空想体験を観客に提供する映画とは対極の、現代アメリカ青春像の究極のリアリティを切り取った、新たなアメリカン・ニューシネマと言えるのかも知れない。

シアターN渋谷にて爆炎ヒット大上映中!
6/23より、テアトル梅田・名古屋シネマテークにて追撃公開!
他全国順次ロードショー!
http://bellflower-jp.com/

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執筆者

Yasuhiro Togawa