1992年8月12日、ひとりの小説家が故郷で死んだ。
中上健次。享年四十六歳。
今年は、彼が逝って10年目の夏である。
初の戦後生まれの芥川賞作家。三島由紀夫、大江健三郎とともに戦後日本最大の小説家。
われらの時代を最も強く、そして正確に語り、われわれに思考の術を教えてくれた先駆者。急ぎ過ぎたその人生と巨大な著作は決して失われることのない輝きを放ち続けている。われわれはかつて中上を読み、そして、これからも読み続け、そのテクストの内部へ深く分け入り、そして多くの謎、多くの問いに突き当たるだろう。

小説家中上健次さんが亡くなって10年目の夏がきました。今年も青山真治監督作品『路地へ 中上健次の残したフィルム』を吉祥寺バウスシアターで上映します。今回は、『路地へ』に加え、青山監督の最新作でもあるビデオ作品『すでに老いた彼女のすべてについては語らぬために』『焼跡のイエス』の2本を併映。またレイトショーでは、中上さんが原作や脚本を担当した作品を連続上映したいと思います。また、トークショーには、青山監督に加え、『赫い髪の女』の脚本家である荒井晴彦さん、フランス文学者の前田英樹さん、スティーヴ・エリクソンの翻訳家で明治大学教授の越川芳明さん、映画評論家の樋口泰人さんをお迎えする予定です。

●デイ・プログラム

路地へ 中上健次の残したフィルム
青山真治監督作品
旅・朗読:井土紀州 16mm映像撮影:中上健次 撮影:田村正毅 録音:菊池信之 編集:山本亜子 プロデューサー:越川道夫+佐藤公美 朗読作品:「岬」「枯木灘」「千年の愉楽」「地の果て至上の時」「日輪の翼」「奇蹟」 音楽:『Filament 2-5』大友良英+Sachiko M+ギュンター・ミューラー 『Interrogations』 GROUND ZERO  remixed by ストック, ハウゼン & ウォークマン 『A Flower Is Not A Flower』『Parolibre』坂本龍一 製作・配給:SLOW LEARNER+BRANDISH(2000年/カラー/35ミリ/スタンダードサイズ/64分)

そこには、かつて、人が生き、人々の“営み”があった。
『ユリイカ』『月の砂漠』の青山真治監督が、中上健次に捧げた小さく悲しみを湛えた音楽(ルビ:フィルム)。

映画は、ひとりの若い映画作家の失われた“路地”への旅を描き出す。彼は車で幾つも峠を越え、巨木の下で、かつて路地があった場所で、海で、中上の小説を紀州のイントネーションで読み、彷徨し、途方に暮れる。そして、ふと幻でも見るように“路地”を目にするのだ。そこには、細い道がある。草むらが風になびき、洗濯物が揺れている。駄菓子屋。壁の落書き。子供が日傘をくるくる回しながら走り、坂道の脇に布団が干され、人が歩き、自転車で行き交う…。

監督は『ユリイカ』『月の砂漠』が2年連続でカンヌ国際映画祭コンペティションにノミネートされる快挙を果たした青山真治。音楽を作るように映画を作ると言った監督は、中上健次に捧げる静かな悲しみを湛えた小さな音楽を作った。中上健次が生まれ、その小説の舞台とした“路地”。その消えゆく“路地”の姿を自ら撮影した16mmの映像を内包した小さなフィルム。その作品を、坂本龍一と大友良英が提供した楽曲、そして『ユリイカ』『月の砂漠』にも参加する田村正毅(撮影)、菊池信之(録音)、が支えている。

*このプログラムは、青山真治監督のビデオ作品『すでに老いた彼女のすべてについては語らぬために』『焼跡のイエス』と併映になります。

すでに老いた彼女のすべてについては語らぬために (2001年/ビデオ/51分)
Not to talk all about HER who already got old.
出演:万田邦敏、西山洋一、大九明子
製作:高崎映画祭事務局+アテネ・フランセ文化センター+映画美学校

飛行機が宙を飛ぶ。その眼下に見える光景。その映像に何の前触れもなく、中野重治が終戦直後に書いた小説「五勺の酒」を読む男の声が忍び込む。挿入されるニュースフィルム。昭和天皇の行幸。それを迎える人々。大逆事件で絞首刑にされた幸徳秋水と菅野スガ子の写真。男の声は、また別のテキストを読む。夏目漱石の「修善寺の大患」。大逆事件の直後、漱石によって書かれたエッセイである。そして、次々に写し出されれる映画作家のポートレート。その顔、顔…。“今ここ”と彼らの場所は断絶しているのか? それとも地続きなのか? それとも断絶しつつ続いているのか? 
そして映画は…。

焼跡のイエス(2002年/ビデオ/50分)
出演:西島秀俊、渡辺真起子、北山小次郎、井上真鳳、木村輝一郎
製作統括:三井智一+上田信 プロデューサー:川村尚敬 撮影:猪本雅三 照明:安部力 音声:菊池信之 美術:清水剛 編集:福田浩平 制作:NHKエンターブライズ21+カズモ

眼下に東京を見下ろしているガス・マスクの男がいる。彼は、廃工場の中でテキストを読む。小説家、石川淳が昭和21年に発表した小説「焼跡のイエス」である。敗戦後、焼跡の東京。人が虫けらのように生きている闇市で、主人公はボロとデキモノとウミとシラミにまみれた少年の姿を見る。そして、財布を奪われながら、彼は一瞬その少年の顔に“ナザレのイエス”を見る…。『焼跡のイエス』を読む男の目に、黒いシュミーズの女が、爛れた顔の少年が、巨大な十字架を担いだイエスの姿が見える。そして、彼は、現在の東京に『焼跡のイエス』の“闇市”が見える。断絶してなどいない。
歴史は、いつまでも愚行を繰り返しているのかもしれない。

●レイトショー・プログラム
赫い髪の女 原作:中上健次「赫髪」

製作:三浦朗 企画:山田耕大 監督:神代辰巳 助監督:上垣保朗 脚本:荒井晴彦 撮影:前田米造 音楽:憂歌団 美術:柳生一夫 録音:橋本文雄 照明:川島晴雄 編集:鈴木晄 出演:宮下順子・亜湖・石橋蓮司・阿藤海・三谷昇・山口美也子・絵沢萌子・山谷初男・石堂洋子 1979年/カラー/35ミリ/73分 配給:にっかつ

建設現場で働く光造は、ある雨の日に道ばたで赫い髪の女を拾う。いつしか女は光造の部屋に住みついてしまう。自分の過去は一切語ない女。ただれた愛欲のうねり、閉塞した街で繰り広げられる男と女のよどんだ関係。そして一方に、そこから逃げ場を求め始めた男と女がいた。監督はロマンポルノの巨匠、神代辰巳。原作は中上健次の「赫髪」。エロチシズムを全身からはなつ宮下順子の演技が光る、ロマンポルノ中期の名作。

青春の殺人者 原作:中上健次「蛇淫」
製作:今村昌平/大塚和 監督:長谷川和彦 助監督:石山昭信 脚本:田村孟 撮影:鈴木達夫 音楽:ゴダイゴ 美術:木村威夫 録音:久保田幸雄 照明:伴野功 編集:山地早智子 出演:水谷豊・原田美枝子・内田良平・市原悦子・白石和子・江藤潤・桃井かおり・地井武男 1976年/カラー/35ミリ/132分 配給:東宝

父親にスナックを任されて斉木順は、恋人ケイ子との交際を反対され、父を殺す。自首しようとする順を母が止めるが、死体を運び出す途中、ふいに息子に包丁を刃先を突きつける。そして、順は母をも殺す。当時実際に千葉で起きた親殺し事件をベースに書かれた中上健次の小説「蛇淫」を、脚本家の田村孟が注目し、今村プロに所属していた長谷川和彦に紹介したことから映画化された。

十九歳の地図 原作:中上健次「十九歳の地図」 
製作:柳町光男+中村賢一 監督+脚本:柳町光男 助監督:浅尾政行 撮影:榊原勝巳 音楽:板橋文夫 美術:平賀俊一 照明:加藤勉 編集:吉田栄子 出演:本間優二・蟹江敬三・沖山秀子・山谷初男・原知和子 1979年/カラー/35ミリ/109分 配給:プロダクション群狼

予備校に通いつつ新聞配達のアルバイトをする19歳の少年は、自分だけの地図製作に没頭する。無為な生活。社会へのやり場のない敵意。気に喰わぬ家に爆破予告の脅迫電話をかけ、次第に少年の地図はバツで埋まっていく。原作は中上健次が1973年に発表した、第69回芥川賞候補作「十九歳の地図」。柳町監督の第一作『ゴッド・スピードユー!BLACK EMPEROR』を中上健次が評価し、今作の映画制作に至った。

火まつり 原案+脚本:中上健次『火まつり』
製作:清水一夫 監督:柳町光男 助監督:成田祐介 脚本:中上健次 撮影:田村正毅 音楽:武満徹 美術:木村威夫 照明:高屋斉 編集:山地早智子 出演:北大路欣也・太地喜和子・宮下順子・三木のり平 1985年/カラー/35ミリ/125分 配給:プロダクション群狼

和歌山県熊野山林を縦横無尽に駆け抜け、自然と一体となって暮らすタツオは自分を、山の女神に選ばれた人間だと称していた。一帯を海中公園として開発する計画が持ち上がると、タツオだけは猛反発し住民から非難を浴びる。東京から流れてきたかつての女。海にまかれた重油。そして、熊野の連なった山々。大木。火まつり。女は再び街から姿を消し、タツオは妻と子を猟銃で撃ち殺し、自らも死ぬ…。監督は『十九歳の地図』に続いて再び中上健次の作品に取り組んだ柳町光男。

8/10(土)〜30(金)期間限定ロードショー!
特別鑑賞券¥1.300発売中! チケットぴあ、劇場窓口にて
当日◎一般¥1.600/学生¥1.400/シニア¥1.000
レイトショー 1.300円均一/『路地へ』の半券をお持ちいただければ1.000円で御覧いただけます。

路地へ+ビデオ作品 12:00〜2:45(休憩15分)/3:00〜5:45(休憩15分)/6:00〜8:45 
8/16(金)、23(金)、30(金)の6:00の回は『路地へ 中上健次の残したフィルム』上映終了後トークショーあり。(ビデオ作品上映はありません)

トークショー 6:00の回『路地へ 中上健次の残したフィルム』終了後。
8/16(金)青山真治監督×荒井晴彦さん(脚本家・映画監督/監督作品『身も心も』脚本作品『赫い髪の女』『KT』)
8/24(土)前田英樹さん(フランス文学/著書『小津安二郎の家』『映像=イマージュの秘蹟』)
8/30(金)越川芳明さん(翻訳家・明治大学教授/スティ—ヴ・エリクソン『彷徨う日々』)×樋口泰人さん(映画評論家/著書『映画と ロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』)

中上健次没後10年 連続レイトショー 連日夜8:50より1回上映
8/10(土)〜15(木)8:50〜11:00 青春の殺人者
8/16(金)〜20(火)8:50〜10:10 赫い髪の女
8/21(水)〜25(日)8:50〜10:55 火まつり
8/26(月)〜30(金)8:50〜10:40 十九歳の地図 

吉祥寺バウスシアター TEL0422-22-6631